アーサー・シャウクロス

アーサー・シャウクロス:異常な行為は正気の沙汰か狂気の沙汰か

出典

 

アーサー・シャウクロス(1945-2008)は、1970年代から1980年代の終わりにかけて、14名の命を奪った、米国のシリアルキラー。 

 

裁判では、シャウクロスの責任能力について、専門家の間で意見が分かれました。シャウクロスは、脳挫傷や幼少期の性的虐待、さらにPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っているため、責任能力がないと主張する専門家がいる反面、シャウクロスは、精神障害ではなく、嘘つきで、善悪の判断があったとする専門家も少なくありません(大方の見方は後者)。

 

シャウクロスのインタビュー動画で特に印象的だったのは、どこまで本気で、どこまでウソをついているかわからない、という点。嘘でも何でも躊躇することなく語る様子から、本人も妄想と現実の区別がついていないのでは、と思われる面も多くありました。

 

ここでは、アーサー・シャウクロスはどんなシリアルキラーだったのか、インタビュー動画を参考にしながら、個人的な視点で描いてみたいと思います。

 

 

今回参考にした動画(どちらも英語)

 

1.精神科医で「邪悪な尺度」を確立させた、マイケル・ストーン(Michael Stone)博士のインタビュー動画。

 

 

 

2.『Real Stories』による、ドキュメンタリー動画。

 

 

アーサー・シャウクロスの生い立ちと事件の概要

アーサー・シャウクロスは1945年6月6日、メイン州キタリーで誕生、その後両親は幼いアーサーを連れてニューヨーク州ウォータータウンに移り住む。

 

アーサーによると、幼少時代に母親からオーラルセックスを強要されたと言う。学校では暴力的ないじめっ子として知られていた。1960年に高校を中退したアーサーは、1967年、21歳の時に陸軍に入隊し、ベトナムに配属される。

 

軍隊を除隊すると、アーサーは当時の妻とともにニューヨーク州クレイトンに居を構えた。妻とは後年離婚し、離婚してからは、放火などで度々逮捕されるようになる。1971年に釈放されたアーサーは、ウォータータウンに戻り、3番めの妻と結婚する。

 

1972年5月7日、アーサーは10歳の少年をレイプし殺害した。約4ヶ月後の9月2日、今度は8歳の少女を同じように殺害する。一連の事件でアーサーは逮捕されるが、司法取引が行われ、少女殺害の罪のみで起訴される。25年の有罪判決を受けたアーサーだったが、専門家たちに危険がないと見なされて、1984年に釈放された。

 

釈放されたアーサーは、妻と共にニューヨーク州内を転々とするが、最終的にロチェスターに落ち着いた(1986年6月)。アーサーの第2の殺人が始まったのは、ロチェスターに住み始めてからで、1番めの被害者が殺害されたのは、1988年3月18日頃。1989年12月までに12名の女性(主に売春婦)を殺害、遺体の頭を切り落としたり、一部を食べるなどの残虐行為が見られた。

 

 

アーサーは、11番めの被害者(子供の被害者を除く)の遺体遺棄現場で不審な行動をしたことをきっかけに容疑者として浮上、1990年1月5日に逮捕された。

 

 

終身刑を言い渡されたアーサーは、ニューヨーク州フォールズバーグにあるサリヴァン刑務所に収監されて、心肺停止で死亡するまで(2008年11月10日)同刑務所に服役した。

 

専門家でも意見が分かれたシャウクロスの責任能力

シャウクロスの裁判で、最大の争点となったのが、彼の責任能力についてです。

 

シャウクロスは被害者をただ殺害するだけでなく、頭部を切断したり遺体の一部を食べたりするなど、猟奇的な面が見られました。確かにまともな人間がすることではありませんが、「なぜそのような殺人行為に至ったか」という解釈が、専門家によって異なったのです。

 

シャウクロスの犯行は、「まともな人間」が引き起こせるものでないとする専門家と、「善悪の判断ができないほど精神的に混乱しているわけではない」とする専門家というふうに、シャウクロスが精神障害を患っているかどうかで意見が分かれました。

 

「アーサー・シャウクロスは正気ではないという解釈」「アーサー・シャウクロスは善悪の判断がついているとの解釈」というそれぞれの意見を詳しく見てみましょう。

 

 

 

アーサー・シャウクロスは正気ではないという解釈

アーサー・シャウクロスは善悪の判断ができない、と診断されたその根拠には、幼少期の経験や脳の状態などがあります。

 

シャウクロスは幼少期に、実母から性的虐待を受けていたことは有名な話です。また、シリアルキラーの脳は、通常の人とは異なる特徴があり、シャウクロスの脳にもそれが認められたというのが、シャウクロスには事件の責任能力がないと解釈する専門家たちの見解です。

 

神経学の権威でシリアルキラーの研究に詳しいジョナサン・ピンカス博士(1935-2015)は、シリアルキラーに共通している要因として、

  • 脳の損傷
  • 精神疾患
  • 虐待の経験
  •  

    の3つを挙げています。

     

    ピンカス博士は、実際にシャウクロスの脳を調べ、上記に挙げた3つの要因が認められたとして、「脳の状態がノーマルであれば、(シャウクロスは)おそらくシリアルキラーにはならなかっただろう」との見解を示しました。

     

    アーサー・シャウクロス:異常な行為は正気の沙汰か狂気の沙汰か
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    また、精神科医のドロシー・ルイス女史は、シャウクロスとインタビューを重ね、幼少期に受けた性的虐待によって、シャウクロスはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症、犯行を意識的にコントロールできる精神状態ではないとし、「責任能力なし」と結論づけました。

     

    アーサー・シャウクロス:異常な行為は正気の沙汰か狂気の沙汰か
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    インタビュー動画で、シャウクロスは、犯行に及んでいる時の意識はなく、気がついたら被害者が隣で冷たくなっていた、と語ったり、ルイス女史とのインタビューで、母親に虐待された体験に入り込み、無意識の状態で涙したりするシーンがありました。

     

    ピンカス博士がシャウクロスの脳に異常を認めたということですし、シャウクロスの言動が「意図的」でなければ、脳による異常によって正気が保てず、責任能力が問えないとされるのも、納得できる気がします。

     

    アーサー・シャウクロスは善悪の判断がついているとの解釈

    「シャウクロスは通常の人間とは異なる部分があるものの、犯罪に対しては善悪の判断がついている」

     

    シャウクロスに責任能力があると主張する専門家たちは、このように解釈しています。

     

    その根拠として挙げられるのが、

    1. シャウクロスの主張は信憑性が欠ける
    2. 証拠を隠滅した形跡がある
    3. 子供を殺害した理由を語らなくなった

    の3つです。

     

    それぞれ詳しく見てみましょう。

     

     

    1. シャウクロスの主張は信憑性が欠ける

    シャウクロスは幼少期に性的虐待を受け、それが引き金となって犯行に走ったとされています。しかし、本当に虐待があったかどうか定かではありません。

     

    シャウクロスの母親は、性的虐待を加えたことをはっきりと否定しています。さらに、当時虐待があったという医療録は残されていませんでした。「自分で虐待しておいて、子供を病院に連れていくわけがない」と、シャウクロスは母親の主張を突っぱねていますが、虐待があったとしているのはシャウクロスのみで、誰も証明できません。

     

    シャウクロスによると、母親の性的虐待は、オーラルセックスだけでなく、肛門に異物を挿入するほどひどかったそうですが、そこまでされてメディカルレコードがないというのは、疑問が残ります(腸に入った異物は、専門家でなければ取り出せないのでは、と個人的には思います)。

     

    シャウクロスが語ったベトナム赴任時代のことも、嘘で塗り固められた部分が多いと指摘されています。シャウクロスは、「武器のスペシャリストとして」ベトナム戦争に派遣されたと主張しています。

     

    さらに、自ら率先していわくつきの山に登り、部隊の中で唯一自分だけが山頂に到達して雲に触れたとか、ベトナムの女性戦闘員の首を切断して見せしめに晒したとか、いきいきとその情景を描きました(皆で遺体の一部を食べたとも言っていました)。

     

    しかし、シャウクロスの話は、彼の頭の中で描かれたストーリーに過ぎません。というのも、シャウクロスの裁判を担当したチャールズ・シラグサ(Charls Siragusa)連邦地方検事補が、シャウクロスの上司に確認したところ、シャウクロスは補給中隊兵(supply clerk)という役職で、戦闘に参加したことは一度もなかったということです。

     

    Charls Siragusa
    出典

     

    また、シャウクロスは、ベトナムでスペシャリストの任務に13ヶ月間活動したと言っていますが、部隊のメンバーの名前を誰一人として覚えていませんでした。

     

     

    2. 証拠を隠蔽した形跡がある

    シャウクロスは、被害者を殺害した後、再び犯行現場に戻り、被害者の頭部を切り落として遺棄していました。これは身元の判明を遅らせるための行為と指摘されています。つまり、善悪の判断がつかないほど正気を失っているというのではなく、自分がやったことについて、「悪いことだ」との認識はあったようです。

     

    シャウクロスは通常の人とは異なり、何か異常性を持っているかもしれません。そうでなければ、常軌を逸した殺人行為には及ばなかったでしょう。しかし、だからといって責任がない、ということにはなりません。善悪の判断があるわけですから、刑事責任は十分に問える、というのが検察側の主張です。

     

     

    3. 女の子を殺害したのは妹の代わり

    シャウクロスは、母親から受けた性的虐待を、妹にもしていたと言います。さらに妹に対して、兄妹以上の感情を抱いていたと、ストーン博士とのインタビューで告白していました。女の子をレイプしたのは、妹の身代わりだと。そして、彼女を殺害したのは、口封じのためとも言っています。男の子を殺害したのは、「追い払ってもついてきたから」ということでした。
    しかし、シャウクロスは『Real Stories』のインタビューでは、同じ質問に一切質問に答えようとしませんでした。その理由について、FBIプロファイラーのグレッグ・マクラリー(Glegg McCrary)は、子殺しに対する世間の非難を考えたからでは、と分析しています。

     

    Glegg McCrary
    出典

     

     

    娼婦殺害について、「AIDSを撒き散らすのが許せなかった」と、殺人を正当化するシャウクロスですが、子殺しは正当化する要素はまったくありません(もちろん、AIDSを理由に殺人が正当化されるわけではありません)。

     

    世間から同情される要素もないことから、シャウクロスは2人の子供を殺害したことについて、口を開こうとしないのでは、というのが、マクラリーの見解です。

     

    そういう目で見ると、ストーン博士のインタビューでは、子殺し正当化を試みようとしていたとも考えられます。そう考えると、シャウクロスの視点は、やはり自己中心ですね。

     

    まとめ:妄想と現実との区別がつかないシリアルキラー

    シャウクロスは嘘つきか、それとも責任能力が問えないほど精神障害があるのかは、専門家の間でも分かれるところです。幼い頃に虐待が本当にあったかどうかなど、はっきりと証明できない部分もありますが、インタビューを聞いた限りでは、精神が混乱して善悪の判断がつかない、という印象は受けませんでした。

     

    インタビュー動画でシャウクロスは、ベトナム戦争での武勇伝をよどみなく語っていましたが、その様子は本当に、「息を吐くように嘘を付く」という表現がピッタリきます。もしかしたら、妄想と現実に起きたことの区別がつかなくなっていたのかもしれませんね。

     

    また、すべてを知った上で会いにきた娘に対して"cool"(かっこいい)と言い放ち、孫たちに愛情を持っていると言いつつ、「誰かが孫たちをレイプ・殺害したらどうする?」と言う質問に対しては「法次第だ」と答えました。

     

    何か違和感あるんですよね、この言い方。
    リップサービスというか、人を愛することをよく知らないというか。

     

    シャウクロスの真意はわかりませんが、考えながらインタビューに答えているところを見ると、ストーン博士の言うように、「精神障害の一線は超えていない」と私も思います。

     

    彼の犯行は、とても正気の沙汰とは思えません。ただ、善悪の判断がつかないほどかと言われると、そこまでいっていないような気がします。

     

    個人的な意見ですが、アーサー・シャウクロスは、妄想と現実との区別がつかないシリアルキラーと言えるでしょう。